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2006年11月 5日 (日)

報道2001「いじめをなくすには…」

早起きした結果、報道2001でいじめ問題を
取り扱っていたので、感想を書きます。

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まず番組内のアンケート調査で

学校でのいじめを苦にした自殺が問題になっています。
あなたは学校や職場でいじめを受けたり、
いじめたりしたことがありますか。

いじめたことがある。5%
いじめられたことがある。15.2%
両方ある。24.8%
両方ともない。54.2%
わからない・その他 0.8%

という数字が出ていました。
まず驚いたのは、両方ともない。と答えた人が
半数以上いることですね。
私が思うにですけど、こっちがいじめたと思っていないだけで
相手はいじめられたとか傷ついてるって事って
絶対あると思うんですよね。

少し私のことを書くと、私はどっちかというとキャラ的(?)に
いじりやすいみたいなので、結構冗談で色々言われたり
自分もその冗談に乗っかったり、
たまに身を削って笑いにしたり(笑)しているわけですけど、
正直傷つくというか、冗談でも、そこまで言わなくても…って
思ってる時もありますかね。

だからそう考えると、私の言葉で傷つけてる時も
絶対あると思うし、相手がそれをいじめと感じたら
いじめた事があるのかもしれないなと感じました。

番組内では、どうすればいじめがなくなるのか?という
話が結構されていたのですが、その中でアメリカで
行なわれているゼロ・トレランス方式という方法が
あがっていました。

聞いた事もなかったので、番組内でも解説されたのですが
詳しく調べてみようと思い調べると

ゼロ・トレランス方式とは、1990年代にアメリカで始まった
教育方針の一つであり、
「zero」「tolerance(寛容)」の文字通り、
生徒の自主性に任せる放任主義ではなく、不寛容を是とし
細部にわたり罰則を定め、違反した場合は速やかに例外なく
厳密に罰を与えることで生徒自身の持つ責任を自覚させ、
改善が見られない場合は
オルタナティブスクール(問題児を集める教育施設)への転校や
退学処分を科し善良な生徒の教育環境を保護。
また「駄目なものは駄目」と教えることで、規則そのものや
教師に対し尊敬の念を持たせ、ひいては国家や
伝統に対する敬意や勧善懲悪の教えを学ばせる。

日本でも導入されている学校はあり、その学校では
問題行動をレベル1~5に分類。
服装や言葉の乱れなどはレベル1~2で担任や主任が指導する。
喫煙はレベル3に相当、生徒指導部長が乗り出す。
悪質な暴力行為などのレベル4~5では教頭や校長が対応して
必要なら親を呼び出すようにしている。

まぁー私なりの解釈で簡単にいえば、問題行動を起こした場合、
お互いの言い分とか事情とか一切関係なく、
罰則を与えるいう形をとる事で、罰則があるというのを
生徒に思い込ませ、問題をなくそうという事ですよね。

けどこのゼロ・トレランス方式で、いじめがなくなるのか?と
考えた時、私は正直無理だろうなと思いました。
むしろもっと陰湿ないじめになるのではないのかなと。

例えば、言葉のいじめや暴力のいじめをレベル5とかにしても
じゃー集団で無視したり、物がなくなったりとか
無記名で中傷の手紙など、やろうと思えばいくらでも
出来ると思うんですよね。

確かに今回の福岡のいじめ自殺で、
いじめたグループに関しては、何も感じてないから
他の子をいじめるという事にいたってるんだと思います。
だからいじめた側には、罰則を与えるべきだという意見も
一理あると思います。
だけどゼロ・トレランス方式で生徒をルールで締め付ける事が
本当に良いことなのだろうかとも感じました。

理想論かもしれませんけど、私は一人一人が「見て見ぬ振り」を
しないだけで、大きく変わるんじゃないかと思います、
一人では勇気がいる事かもしれないけど、そうゆう時こそ
友人・親・教師に言ってほしいなと思います。
一人一人の想いが、いじめがなくなる事に繋がるのではないかと
私は思います。

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コメント

カルトコミュ-ン(八つ墓村)としての地方

 ここ最近報道される教育関連での事件の発信地は、ほとんど地方です。
 地方の素朴な人たちには悪いけれども、地方が持つ前近代性にメスを入れない限り、今後もこうした事件は後を絶つことはないでしょう。
 地方は、猿山全体主義コミュ-ンとしての濃度が高く、その全体主義から発生する憂さを、たまたまその地域共同体の中にいる異質な者や浮いた者(弱者)にぶつけるという、下劣な依存構造がある。
 未だに、こうした生贄制度を必要とする醜悪ぶりには、反吐が出ます。
 もう際限のない依存体質であり、おそらく直らないでしょう。負の地方性が日本のガンだと思いますね。

 簡単な解決方法は、司法サイドで刑事事件として対応すること、また、東京等への亡命を制度化することですね。
 そうすれば、死ななくて済むし、現在の生活空間が唯一絶対ではなく、違う世界もあるのだということを子供も理解します。
 また、公的機関にモラリティ-を求めるのは、全く無意味です。責任からいかに逃れ退職金を得るかという人生ゲ-ムを展開しているわけですから。
 大都市圏であれば、多様な所属も可能ですので、地方のバカの猿山ゲ-ムに付き合わずに済みます。
 こうすることで、地方はますます廃れ、草ぼうぼうとなり、結果自然の復元に貢献することができるというものです。
 大都市圏には、自由を謳歌する個人、地方には、カルト集団祭りに拍手喝さいのバカ、それで良いのではないかと思いますね。

投稿: 田吾作嫌いの都市住人 | 2006年11月 6日 (月) 22時40分

>>田吾作嫌いの都市住人さんへ
はじめまして、コメントありがとうございます。

まず読ませていただき、
立派なご意見だなと思いました。
そして私の考えが、
いかに浅いものなんだろうなとも痛感しました。

ただ精神保健福祉士を目指してるからとかではなく、
私は一人一人の想いって大事ではないのかなと思うのです。

確かに地方と大都市圏の制度や構造についての事や
司法サイドで刑事事件として扱うようにすれば
減るかもしれません。

ただ私はただ減れば良いと思わないんです。
そして法などで、押さえつける事でしか
解決が出来ないのかなとも感じてるんです。

考え方が甘いだろうし、理想論かもしれませんけど
一人に一人に考えてもらいたいなって、
そうゆう想いでこの記事を投稿したんです。

ちなみに決して田吾作嫌いの都市住人さんの
意見を否定しているわけではありません。
むしろコメントを読ませて頂いた時、
凄いなと思いましたから。

私と話しても私はレベルが低いかもしれませんが
それでも良かったら、またコメント残してくださいね。

投稿: Ku(管理人) | 2006年11月 8日 (水) 08時06分

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